日々のあれこれを気の赴くままつらつらと。
子供の頃から「憧れの大人像」というものを持ったことはなかったな。ただ、いずれ訪れるであろう柵だらけの狭い世界は、本能的に避けたがってたと思う。思春期特有ってやつで。今の自分は色々な経験をして確かに変わったとは思うけど、成長したという実感は無いのが正直なところ。自分を知るには他人の目に映った自分を見るしかないと思うんだけど、未だにそれができないんだよね。ただ年月を経て感じるのは、大人と呼ばれていた年齢の人たちは、実は自分が思っていたよりもずっと幼いということ。一種のロールプレイングの中で大人を演じているだけの人が圧倒的に多いんじゃないかな。そしてそれに馴染んだ頃に、次のステップが見えてきて、それを繰り返してやがて無理のないおじさんおばさんになっていくのかも。「今の場面、本当はもう少しカッコ良くスマートにできたな、失敗したな」人間、そんな程度の繰り返しで良いんじゃないでしょうか。誰かが作った理想を追えばきりがないし、例えば手に入れても、記号とパッケージだけで中身はすっからかん。本来人間は、補食して排泄する生物であり、もっと泥臭いものだと思えば、いろいろな線引きや柵から解放される。(悪いことさえしなければ)楽しきゃそれで良いじゃん、ってのはある意味正解だと思うけどな(笑)ってか、この光がわき上がるようなネオン街のフォト、なんだか懐かしいな!
賑わう夜の街、冷えた床、座して閉じたる瞼に映るモノは…なにげない日常なのにありそうでなさそうな、そしてなにか意味ありげなシチュエーション…そんな瞬間を切り取るポップさんならではのセンス!!やっぱ抜群です★子供の頃は常にテストは満点スポーツ万能、習い事もそつなくこなす、絵に描いたような神童だったな〜w頭の中は打算と闘争心が渦巻いて、負けず嫌いな心、痛みや温もりの欠損した身体、そんな自分を疎ましく思いつつも充足させるのに必死だった気がする…でもなんかソレじゃムリだろって、自分なりに悟りを開いたのか、そういうのがどうでもよくなって、歳を重ねるたび、どんどんと精神的には子供に退行してきてる気がしますw今はもう、美味い肉が食えたらそんでいいや(苦笑)
自分の場合、当時は自分の理想の大人像(未来像?)を空想することで現実逃避してた部分があるんだよね。家に家族がいても外に友達がいても、誰も自分のことはわかってくれない。自分の理解者はいない。理解者が欲しい。うぅ、受験から逃れたい、好きなように生きたい。こんな風になりたい、あんな風になりたい。でも自分にはその為の強い意志や行動力もなければ、自信もまるでない。あぁ、もう、ったく、この先の人生、自分はどういう風になっていくのだろう。……とまぁ、こんなのをいつも漠然と心の中で繰り返す鬱屈とした十代だったねぇ。別に家が何か不幸だとか、友達に恵まれてないとかそんなこと全然なかったんだよ。いや、むしろ多くのこと恵まれていたと思う。なのに反抗期のムキーっとした感情を両親だけじゃなく学校の先生や友達にも向けてたしなぁ。うぅ、あれはもうほんと周囲の人たちに悪いことしたもんだわ。そして日々のミクロなことに思い悩まされたりそのことで感情爆発もしてた。これも歳をとってそれなりに色々経験もしてきた今だからそう思えるんだけどね。あ、今も全体としての自分の傾向はそこまで変わってないんだけど(苦笑)。ま、まぁ、でも周囲からは、あんたはずいぶん大人になった、丸くなったと言われるから多少なりとも成長したのかなと思いたい(笑)。それとばらちゃんの言う「線引きや柵」って分かりやすい。これもまた自分の思春期の場合、周囲の大人たちがあてはめる以上に、自分自身で自分に向けてそうした線引きや柵をしてた部分も大きいと思う。【(悪いことさえしなければ)楽しきゃそれで良いじゃん、ってのはある意味正解だと思うけどな(笑)】、これもさ、全くもって同感!ほんとその通りだよね。にしてもあらためて話すと、この思春期話は面白いね。これに関する音楽についての話もあるから、これはこれでまた別の機会に記事にしようかな(笑)。
なぬぅ、ゆいなちゃん、やはり神童だったのか!ええなぁ、うらやましい…….。うちさ、兄が周囲の期待を一身に集める神童で、姉は姉でうちに外に周囲から愛される人気者だったの。それに比較して(いちいち比較しなければいいのに)、自分はもうほんと没個性というか、なんにも持ってない平々凡々な人間でねぇ。あ、これ、そんなことないよ、ぽっぷさんって言われたいわけじゃないからねwんで今はね、そんな自分でも根拠のない自信というか、自分の中でキラリと光り輝くものを見つけたというか、そんなこんなで自分のことがたまらなく好きでいるよ。うんうん、自信とは自らを信ずる。いい言葉だわ。あははは、自画自賛、自分好き、ここにありですばい(笑)。それとゆいなちゃんってさ、好きなものは好きって素直にはっきりしてるじゃん?この部分に純粋さを感じるんだよね。まじめに自分もそうありたいといつも思ってる。また自分の話で恐縮だけど、本当は歌謡曲や往年のポップスが好きなくせに、外で好きな音楽はと尋ねられたら、「あ、ジャズを少々(ちょっと格好良さそうに思われるのを期待して)」と語ってる自分がいる……。ま、これもウソではないんだけど、見栄っ張りでいい格好しいの自分が今もいるんだよねぇ。なもんだから、やはり好きなものは好きと言える自分でありたい。こう真面目に思います。【今はもう、美味い肉が食えたらそんでいいや(苦笑)】、これも至言だよね。その通りだと思う!
子供の頃から「憧れの大人像」というものを持ったことはなかったな。
返信削除ただ、いずれ訪れるであろう柵だらけの狭い世界は、本能的に避けたがってたと思う。思春期特有ってやつで。
今の自分は色々な経験をして確かに変わったとは思うけど、成長したという実感は無いのが正直なところ。
自分を知るには他人の目に映った自分を見るしかないと思うんだけど、未だにそれができないんだよね。
ただ年月を経て感じるのは、大人と呼ばれていた年齢の人たちは、実は自分が思っていたよりもずっと幼いということ。一種のロールプレイングの中で大人を演じているだけの人が圧倒的に多いんじゃないかな。そしてそれに馴染んだ頃に、次のステップが見えてきて、それを繰り返してやがて無理のないおじさんおばさんになっていくのかも。
「今の場面、本当はもう少しカッコ良くスマートにできたな、失敗したな」
人間、そんな程度の繰り返しで良いんじゃないでしょうか。
誰かが作った理想を追えばきりがないし、例えば手に入れても、記号とパッケージだけで中身はすっからかん。
本来人間は、補食して排泄する生物であり、もっと泥臭いものだと思えば、いろいろな線引きや柵から解放される。(悪いことさえしなければ)楽しきゃそれで良いじゃん、ってのはある意味正解だと思うけどな(笑)
ってか、この光がわき上がるようなネオン街のフォト、なんだか懐かしいな!
賑わう夜の街、冷えた床、座して閉じたる瞼に映るモノは…
返信削除なにげない日常なのにありそうでなさそうな、
そしてなにか意味ありげなシチュエーション…
そんな瞬間を切り取るポップさんならではのセンス!!
やっぱ抜群です★
子供の頃は常にテストは満点スポーツ万能、習い事もそつなくこなす、絵に描いたような神童だったな〜w
頭の中は打算と闘争心が渦巻いて、負けず嫌いな心、痛みや温もりの欠損した身体、そんな自分を疎ましく思いつつも充足させるのに必死だった気がする…
でもなんかソレじゃムリだろって、自分なりに悟りを開いたのか、
そういうのがどうでもよくなって、歳を重ねるたび、どんどんと精神的には子供に退行してきてる気がしますw
今はもう、美味い肉が食えたらそんでいいや(苦笑)
自分の場合、当時は自分の理想の大人像(未来像?)を空想することで現実逃避してた部分があるんだよね。
返信削除家に家族がいても外に友達がいても、誰も自分のことはわかってくれない。
自分の理解者はいない。理解者が欲しい。
うぅ、受験から逃れたい、好きなように生きたい。
こんな風になりたい、あんな風になりたい。
でも自分にはその為の強い意志や行動力もなければ、自信もまるでない。
あぁ、もう、ったく、この先の人生、
自分はどういう風になっていくのだろう。
……とまぁ、こんなのをいつも漠然と心の中で繰り返す鬱屈とした十代だったねぇ。
別に家が何か不幸だとか、友達に恵まれてないとかそんなこと全然なかったんだよ。
いや、むしろ多くのこと恵まれていたと思う。
なのに反抗期のムキーっとした感情を両親だけじゃなく学校の先生や友達にも向けてたしなぁ。
うぅ、あれはもうほんと周囲の人たちに悪いことしたもんだわ。
そして日々のミクロなことに思い悩まされたりそのことで感情爆発もしてた。
これも歳をとってそれなりに色々経験もしてきた今だからそう思えるんだけどね。
あ、今も全体としての自分の傾向はそこまで変わってないんだけど(苦笑)。
ま、まぁ、でも周囲からは、あんたはずいぶん大人になった、丸くなったと言われるから多少なりとも成長したのかなと思いたい(笑)。
それとばらちゃんの言う「線引きや柵」って分かりやすい。
これもまた自分の思春期の場合、周囲の大人たちがあてはめる以上に、自分自身で自分に向けてそうした線引きや柵をしてた部分も大きいと思う。
【(悪いことさえしなければ)楽しきゃそれで良いじゃん、ってのはある意味正解だと思うけどな(笑)】、これもさ、全くもって同感!ほんとその通りだよね。
にしてもあらためて話すと、この思春期話は面白いね。
これに関する音楽についての話もあるから、これはこれでまた別の機会に記事にしようかな(笑)。
なぬぅ、ゆいなちゃん、やはり神童だったのか!
返信削除ええなぁ、うらやましい…….。
うちさ、兄が周囲の期待を一身に集める神童で、姉は姉でうちに外に周囲から愛される人気者だったの。
それに比較して(いちいち比較しなければいいのに)、自分はもうほんと没個性というか、なんにも持ってない平々凡々な人間でねぇ。
あ、これ、そんなことないよ、ぽっぷさんって言われたいわけじゃないからねw
んで今はね、そんな自分でも根拠のない自信というか、自分の中でキラリと光り輝くものを見つけたというか、そんなこんなで自分のことがたまらなく好きでいるよ。
うんうん、自信とは自らを信ずる。
いい言葉だわ。
あははは、自画自賛、自分好き、ここにありですばい(笑)。
それとゆいなちゃんってさ、好きなものは好きって素直にはっきりしてるじゃん?
この部分に純粋さを感じるんだよね。
まじめに自分もそうありたいといつも思ってる。
また自分の話で恐縮だけど、本当は歌謡曲や往年のポップスが好きなくせに、外で好きな音楽はと尋ねられたら、「あ、ジャズを少々(ちょっと格好良さそうに思われるのを期待して)」と語ってる自分がいる……。
ま、これもウソではないんだけど、見栄っ張りでいい格好しいの自分が今もいるんだよねぇ。
なもんだから、やはり好きなものは好きと言える自分でありたい。
こう真面目に思います。
【今はもう、美味い肉が食えたらそんでいいや(苦笑)】、これも至言だよね。
その通りだと思う!